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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1795号 判決 1981年9月28日

控訴人

熊木産業株式会社

右代表者

熊木喜八郎

被控訴人

藤間誠一

被控訴人

川本春兵

被控訴人

小田宣雄

右両名訴訟代理人

飯野仁

田村亘

主文

一1  原判決中被控訴人藤間誠一に関する部分を取消す。

2  被控訴人藤間誠一は控訴人に対し八六万三五〇〇円及びこれに対する昭和五二年一二月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人川本春兵及び同小田宣雄に対する各控訴をいずれも棄却する。

三  控訴人と被控訴人藤間誠一との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人川本春兵及び同小田宣雄との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

四  この判決一の2は仮りに執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らは各自控訴人に対し八六万三五〇〇円及びこれに対する昭和五二年一二月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人川本春兵及び同小田宣雄は控訴棄却の判決を求めた。

二  <証拠関係略>

理由

一訴外株式会社フジ商会が本件手形を振り出し、控訴人が本件手形を満期に支払場所に呈示したが資金不足を理由に支払を拒絶され、控訴人が本件手形を所持していることは、控訴人と被控訴人との間においては争いがなく、その余の被控訴人らとの間においては、<証拠>によりこれを認めることができる。そして、<証拠>によると、訴外会社は本件手形の満期である昭和五二年一一月三〇日と同年一二月五日に約束手形の不渡を出して倒産しその頃営業を停止した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。更に、<証拠>によると、控訴人は本件手形を第二裏書人である訴外石井秀五郎から手形割引により取得して所持しているが、右石井及び第一裏書人である訴外山和産業株式会社はいずれも資力がなくて本件手形金を支払うことができないことが認められ、右事実及び既に認定した事実を合わせ考えると、訴外会社が本件手形金を支払わなかつたことにより控訴人が本件手形金と同額の八六万三五〇〇円の損害を蒙むつたことが推認され、右推認を左右するに足りる的確な証拠はない。

二さて、本件手形振出当時被控訴人藤間が訴外会社の代表取締役であつたことは、当事者間に争いがない。そこで、被控訴人藤間の商法二六六条ノ三第一項前段の責任について検討する。

<証拠>を総合すると、訴外会社は被控訴人藤間により家庭用電器製品の販売等を目的に資本金五〇万円で昭和四七年設立された株式会社であること、訴外会社は正規の従業員がなく被控訴人藤間一人で営業のすべてを担当しており、本件手形を振り出した昭和五二年九月当時訴外会社は営業不振で売上が月額五〇万にも達しなかつたこと並びに訴外会社は訴外山和に対し本件手形及び本件手形と同時に不渡になつた額面九三万一〇〇〇円の約束手形をいずれも訴外山和の資金繰りのため融通手形として振り出しており、当時右以外にも融通手形を振り出していたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は、前記各証拠、既に認定した事実及び弁論の全趣旨、ことに同被控訴人が適式の呼出を受けながら当審の口頭弁論期日に一度も出頭しなかつたことなどを考慮すると、措信することはできず、他に右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。そうして、以上認定した訴外会社の企業規模、営業の状態及び融通手形の額面額から判断して、訴外会社が本件手形について満期に自己資金で支払をすることができないのは明らかであり、また、訴外山和が訴外会社に対し満期までに本件手形の弁済資金を提供することについて当時確たる裏付けがあつたと認めるべき証拠はない(なお、<証拠>において同被控訴人は訴外山和から北海道にある不動産を処分して本件手形の弁済資金を作るとの説明を受けたのでそれを信じたと供述しているが、単にそれだけでは、到底前記確たる裏付けがあつたということはできない)。このような状況下においては訴外会社の代表取締役である被控訴人藤間としては、たやすく融通手形の振出などすべきでないことはいうを待たないから、同被控訴人が本件手形を振り出したことは、重大な過失であると認めるべきである。

判旨三次に、本件手形振出当時被控訴人川本及び同小田がいずれも訴外会社の取締役であつたことは当事者間に争いがないので、右両名の商法二六六条ノ三第一項前段の責任について検討する。

<証拠>によると、被控訴人川本及び同小田はいずれも被控訴人藤間と曾て同じ会社で働いていたもの(被控訴人川本は同僚として、同小田は上司として)であるが、被控訴人藤間が右会社を退社して独立し、暫時個人で営業を営んだ後訴外会社を設立するに至つた際、従前の交誼から、いわゆる祝儀の趣旨も含めて出資をして発起人となり引続いて取締役となつたこと、訴外会社では設立以来株主総会や取締役会が開かれたことはなく、被控訴人川本及び同小田に役員報酬や配当が支払われたこともなく、被控訴人藤間がその余の被控訴人ら役員に訴外会社の営業について報告したこともないこと並びに被控訴人川本及び同小田が訴外会社の経営に参加したことは一切なく、右両名は、被控訴人藤間に対し訴外会社の取締役会の招集や営業についての報告を求めたこともなく、訴外会社には完全に無関心の状態であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで、株式会社の取締役は、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、又は自らこれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものであり、このことはたとえ名目的に就任した取締役であつても変るところはないものというべきである。しかし、前二で認定したとおり、訴外会社はその実質においては被控訴人藤間の個人営業と同視すべきもので、その規模も小さく、その営業の一切を同被控訴人が一人でとりしきつていたこと、右に認定した被控訴人川本及び同小田が訴外会社の取締役に就任するに至つた事情とその同被控訴人らと訴外会社とのかかわり合いの状況、更に同被控訴人らが取締役に就任してから、本訴の原因となつた本件手形の振出がなされるまでには約五年の年月があることを考えると、本件においては同被控訴人らに対し前記職責を尽すよう求めることは困難であると認められるから、被控訴人藤間が前記のような経緯で本件手形を振り出したことについて、被控訴人川本及び同小田が訴外会社の取締役としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があつたものということはできず、他にこれを認むべき的確な証拠もない。

四してみれば、商法二六六条ノ三第一項前段に基づき、控訴人が蒙むつた損害八六万三五〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年一二月二四日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は被控訴人藤間に対しては理由があるのでこれを認容すべきであるが、その余の被控訴人らに対しては理由がなく棄却を免れない。よつて、原判決中被控訴人藤間に関する部分を取消し、同被控訴人に対する控訴人の請求を認容し、その余の被控訴人らに対する控訴を棄却し、なお、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(川上泉 橘勝治 大島崇志)

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